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名古屋高等裁判所 平成2年(う)46号 判決 1990年6月18日

本籍の所在地

名古屋市昭和区曙町二丁目八番地

有限会社西幸商事

右代表者取締役 寺西直美

本籍

名古屋市昭和区曙町二丁目八番地

住居

同所

会社役員

寺西直美

昭和一四年四月八日生

右の者らに対する法人税法違反各被告事件につき、平成二年一月一七日名古屋地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官森統一出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

一  被告人寺西直美にかかる本件控訴の趣意に対する判断をするに先立ち、職権をもって、記録を調査して検討するに、原判決は、被告人有限会社に対し、原判示の罪となるべき事実を認定し、これに法人税法一五九条、

一六四条を適用し、被告人有限会社を罰金一億三千万円に処したこと、被告人有限会社は、右判決に対し控訴を申し立てながら、相被告人寺西直美と連名の控訴趣意書には、自己に対する判決に関する控訴理由を何等記載しておらず、かつ、控訴趣意書提出期間内に右の不備を補充すべき書面を提出した形跡のないことが記録上明らかであり、これらの事実によれば、被告人有限会社の本件控訴は、刑事訴訟法三七六条一項、三八六条一項一、二号、刑事訴訟規則二四〇条に則り、棄却を免れない。

二  被告人寺西直美(以下、単に「被告人寺西」という。)にかかる本件控訴の趣意は、弁護人小栗厚紀名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官森統一名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用するが、本件控訴趣意の要旨は、原判決の量刑が被告人寺西に対し刑の執行を猶予しなかった点において重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌したうえ検討するに、証拠に現れた被告人寺西の性行、経歴をはじめ、本件犯行の動機、態様、罪質等、とくに、本件は、被告人寺西が不動産売買および仲介業等を営む相被告人有限会社の業務に関し、法人税を免れようとして、土地転売利益などの所得金額の大部分を申告せず、よって、法人税六億八一五一万八五〇〇円を免れたという法人税法違反罪の案件であるが、その動機は、自己と四人の子の生活の安定および資産の増殖を目的とするものであり、特段に酌むべきところがなく、その犯行態様も架空の支払い手数料一二億六二〇〇万円を計上し、後日の税務調査に備え、その証拠資料も捏造しておくなど悪質であり、ほ脱額も前記のとおり巨額で、ほ脱率も八一・一パーセントと高率であること、ほ脱した資金は他人名義で債権や不動産に再投資して更に利殖を計ろうとしていたこと、いまだに本税および重加算税を合わせ約六億八千万円もの巨額の税が未納となっていること等を総合考察すると、その刑責は軽くなく、被告人寺西を懲役一年八月に処した原判決の量刑は、まことにやむを得ないところであって、相当として是認するほかなく、所論のうち、本件脱税を当初において決意し、土地転売利益の隠匿方法についても立案実行したものが被告人寺西の亡夫であり、被告人寺西はこれに賛同して中途から引継いだものであること(なお、所論はこの点に関し、原判決がその(量刑の事情)の項の中で、「・・・・被告人寺西直美が右脱税計画の立案者でなく、当初からこれに参画していなかったものではあっても、同被告人は右計画を了解のうえこれを実行実現した者としてその責任は甚だ重い・・・・」としているのをとられ、被告人の亡夫はワンマン的な性格であり、被告人を一人前扱いしていなかったものであり、亡夫の病状との関係で被告人はその手足として行動したにすぎず、従って、被告人が亡夫の計画を了解し、実行実現したとするのは事実誤認である、ともいうが、被告人寺西の亡夫は本件確定申告書提出日である昭和六二年九月三〇日の約八か月前にすでに死亡しており、被告人寺西が単独で本件脱税の実行行為をしたことは明らかなのであり、かつ、被告人寺西が亡夫の死亡前から、亡夫の指示に従い土地転売利益の隠匿行為に関わっていたことや、亡夫の死亡後に、右隠匿した金銭で、しかも他人名義で三回にわたり土地を購入していたことも明らかなのであるから、原判示に事実誤認はなく、所論は採用できない。)、被告人寺西が再投資して得た不動産については国税当局から差し押さえられており、いずれ換価のうえ国庫に納入されること、被告人寺西にはこれまで前科がないこと、その反省の状況や健康状態、家族の身上等、肯認し得る被告人寺西のために酌むべき情状を十分に斟酌しても、原判決の右量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、被告人寺西の本件控訴は、その理由がないから、刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田誠吾 裁判官 上本公康 裁判官 前原捷一郎)

平成二年(う)第四六号

控訴趣意書

被告人 有限会社 西幸商事

被告人 寺西直美

右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人は左記のとおり控訴趣意書を提出する。

平成二年三月一六日

右弁護人 小栗厚紀

名古屋高等裁判所 御中

原判決は被告人寺西直美に対し懲役一年八月の実刑に処したが、右判決は執行猶予を付さなかつた点において極めて苛酷であり、量刑不当であつて破棄を免れないものである。

第一、原判決は実刑を相当とする量刑事情を説示しているが、いずれも不当である。

一、原判決は犯行の手段、態様が計画的かつ巧妙で悪質なものと評価し、その理由として転売利益の秘匿のため土地購入について架空支払手数料を計上し、右手数料の支払が真実であるように装うため支払先に振込入金の都度、領収証を受けとり、その後相手から小切手で返金を受け、右小切手により架空名義で割引債券を購入したこと、また隠し資金の運用として土地の購入にあたつても被告会社名義を用いることなく他人名義を使用したことをあげている。

しかしながら、被告会社の右経理処理は原判決が強調するように、それ程悪質な手段なのかは大いに疑問である。

およそ脱税は、漫然最少申告するだけでなく、売り上げを減少させるか、経費を過大にするかの経理上の操作によりなされるのが通例であり、本件が他の事案に比し悪質ということにはならないものである。

架空支払手数料を計上したマルビシケミカル商事有限会社は、架空の会社ではなく、名古屋市中区大須三丁目八番二〇号に本店をおき、代表者河村繁廣、営業目的が人工大理石を使つた置物などの製造販売を目的とする実在の会社であり、河村供述調書によれば、従業員もおり、現実に営業活動もなし、関与の税理士もいる会社なのである。

従つて、仮に被告会社が領収証を整備して形式的に整つた申告書を提出することができたとしても、マルビシケミカル有限会社は膨大な手数料収入を計上することとなり、右会社が被告会社にかわつて法人税を申告することになるものである。

右会社が手数料を取得後解散し、代表者が行方不明になるようなことがあれば、確かにその架空の手数料が架空かいなか判明しないことになるが、実在の会社名義では、その会社が申告しなければ架空であることは直ちに判明することは火をみるより明かであつて、格別の巧妙な手段とも思えないものである。

河村自身も関与税理士の指導を受け、現金が通過するだけなら問題ないとの理解をしたものであり、たんに口座を貸しただけの経理処理をなしているものである。

従つて税務調査をされれば、容易に架空であることが判明するものであり、実際本件の調査過程で、そのことは直ちに明かにされたのであるが、極めて初歩的手段にすぎないものである。

領収証の取得も当然のことであり、特別な悪質ということにはなりえないものである。

架空名義で債券を購入したことについても、もともと債券は所持人が権利者であるから、名義の如何が特別の意味を持つとは思われず、無記名債券も購入可能であるからで被告会社の購入の仕方が特別に問題になることではない。

また、不動産の第三者名義取得の点であるが、第三者は東海電気センターと岩田直志である。

東海電気センターは長年寺西敏が経営してきた実在の会社であり、現在被告人寺西直美が自宅でゆきの名称で手芸店など小売業を営んでいる会社であり、その営業内容はむしろ赤字といってよく、不動産購入代金の出所を明らかにできず、すぐ真実の出所が判明してしまうものである。

また岩田は住友信託銀行を退職し、被告会社のコンサルタントをしていたものであり、これも不動産購入資金を明かにすることができず、証拠によれば一応同人の母親との間に賃借契約を作成していたようであるが、これも調査すれば真実の出所はすぐ判明してしまうものである。

従つて原判決が悪質とした手段はすべて一応形式は整つているが、税務当局が本気になつて調査すれば、たちどころに判明するような幼稚な手段と評価されるものであり、通常の脱税事件と比較して本件が特に悪質とは到底理解できないものである。

二、次に原判決は被告人寺西直美が右脱税計画の立案者ではなく当初からこれに参画していなかつたものではあつても、右計画を了解の上これを実行実現した者として責任は重いとして、具体的事実として、昭和六一年八月寺西敏の病状が悪化し、床に就くことが多くなつた後、同人から右計画をうちあけられて、これを了解し、右計画に従い、ほ脱工作を進めることを決意し、被告会社の不動産売買に関与し、架空支払手数料の振込入金小切手による返金の受け取り等も自ら行い、夫の死亡後は被告会社におけるその地位を承継して主体的にほ脱方法を実行し、右計画を完成したとする。

しかしながら証拠によれば、被告人寺西直美は売買契約の席に立会しているが、これは寺西敏がガンのため体調が悪く、運転手兼看護婦として立会していたものであり、契約も寺西敏が内容を確認し、同人の指示により被告人が押印したにすぎず、主体的に関与したわけではない。

次に架空支払手数料の振込入金の点であるが、昭和六一年一〇月一四日の五千万円の振込は寺西敏が、同年一二月二二日の一〇億円は寺西敏が岩田直志に指示してなし、昭和六二年二月二日付の二億五千万円だけが被告人寺西直美が振込みをなしている。

小切手による返金についても昭和六一年一〇月一四日分は敏がなしたものであり、債券の購入も敏が岩田に指示してなしたものである。被告人は敏から指示されて購入した債券を受領し、そのまま貸金庫に入れたにすぎない。同年一二月分の小切手の返金は敏が病床にあつたので、その指示により被告人が受領し、そのまま岩田に渡して前回と同様にとだけ頼んだものである。前回の敏と岩田との間で打合せがすんでおり、被告人は敏の指示を岩田に伝えただけである。

昭和六二年二月二日分は敏の死亡後に河村から敏との約束で年末に実行することになつているので約束を強く守れといわれ、三億円を入金するよう要求されたが、減額して二億五千万円にしてもらい、そのうち四、八〇〇万円を河村にとられているのである。

右のとおりであつて、被告人が主体的に実行したのは第三回だけであるが、それも河村と亡敏との約束を履行することに主眼があつたものである。

被告人が被告会社代表者になつた点についても、被告人は取引主任の資格もなく、経営の経験も全くなかつたものであるが、敏が死亡したことが銀行に明かになり、被告会社の預金が封鎖されてしまつたので、やむをえず被告人が代表者に就任した旨の登記をなし、預金の引き出しができるように手続きを進めただけである。夫の死亡後被告会社における地位を承継してその計画をすすめるということなど全く考えていなかつたものである。

右のとおり、原判決が具体的な事実としてとりあげている点は、いずれも証拠に反しているものであり、証拠を虚心にみていただきたい。

また敏から計画をうちあけられた被告人がこれを了解し、右計画に従いほ脱工作をすすめることを決意したとあるが、被告人が公判廷において明かに述べているとおり、そのような事実は全くなかつたものである。

当初敏は被告人に対して税金は処理済であると述べていたものであり、被告人としては半信半疑であつたが、敏が病床にあることから同人の意に反しないことを第一としてその指示により使い走り的に動いたにすぎず、被告人が計画をうちあけられて、了解し、その計画を遂行したということは全くなかつたものである。

原判決は敏と被告人とが一体となつて計画を実行したとしているが、敏は極めてワンマン的な性格であり、被告人を一人前扱いしていなかつたものであり、敏の病状との関係で被告人はその手足として行動したにすぎないものである。

従つて被告人が計画を了解し、実行実現したとするのは事実誤認である。

第二、被告人の情状について裁判所にぜひ考慮していただきたい点は次のとおりである。

1、被告人は亡夫敏の不動産取引及び経理処理についてまわつただけであつて、自らの判断により主体的になしたものではない。

本件は河村繁広が受領した支払手数料のうち一六%、約二億円を取得し、敏に対してこの範囲内で税金が処理できると確約したので、敏もその気持ちになつたのが経過であり、非難されるべきは、本来、河村と敏とであり、仮に敏が死亡することなければ、税務申告も敏名義でなされ、敏が被告人となつていたものであり、被告人寺西直美は問責されることはなかつたものである。

被告人は敏の身代わりとして処罰を求められているといつても過言ではない状況である。

被告人の公判廷の供述を虚心に受けとめていただければ、被告人がおかれた状況は十分ご理解いただけると考える。被告会社は資本金二〇〇万円であり、他に従業員もおかず亡敏のワンマン的経営にかかるものであり、被告人は主婦のかたわら経理の手伝いをしていた程度であり、不動産取引の内容も逐一知らされていたわけではなかつたのである。まさについてまわつたにすぎないのである。

2、被告人のおかれた立場に身をおいて考えれば、通常人も被告人と同様の行動をとらざるをえなかつたかと思われる。

夫は、直腸ガンであり、死亡が予期されているが、その事実は本人に隠してある状況で夫が将来の事業資金や自宅建築資金として裏金をつくろうとしている時に妻たる被告人としてはそれを非難してやめされるということは到底できないところと思われる。

仮に被告人が反対すれば夫がその理由を問いただし病状に悪影響を与えることになりかねないことが容易に予測されるところである。

被告人が夫の意思に従い、結果として脱税となつたのであるが、十分同情に値するものである。

3、被告人は本件犯行によりぜひとも被告会社に資産を確保しようという積極的な意図はなかつた。亡敏との間に長男裕紀(小学校二年生)があり、同人は被告人の養育を必要としているため、やむなく敏の処理方法を是認したものである。

これは、母親として極めて自然な気持ちであり、誰にもその立場が理解されるところである。

特に被告人は自ら生計を立て得る能力がないため、その必要は強かつたものである。

4、証拠調の結果、明かにされているが、ほ脱所得額は国税局が経費として認めた分、税金として支払つた分、投資分に三分され、その投資分も差押手続きがなされているもので、被告会社としてはほ脱した所得は全く残存していない状態である。

5、納付状況は原判決判示のとおり多額の未納付が残つたままであるが、現在残つている岐阜と箱根の土地はそれぞれ国税及び市税で差押されており、その換価がなされれば、相当額の納税が見込まれている。

特に箱根物件については約五億二千万円が投資されているものであり、一説には二〇億円との評価もある状態である(山口公判廷供述)。

従つて時機よく換価されれば、未納がないこともありうるのである。

いずれにせよ、投資されたものは差押されていて、被告会社には全く利得がないわけであるから、未納について責任が重いとすることはできないものである。

6、被告人は診断書や公判廷の供述により明かであるが、乳ガンのため乳房切断の手術を受け、現在なお治療を要する身体状況であることに加えて昭和五四年八月生である長男裕記の養育がある点をご理解いただきたい。

7、被告人は代表者であるが、営業の資格、能力がないことから被告会社は敏死亡後休眠状態であり、今後再犯は不可能な状況にある。

このような状況下にあつて十分な反省を示している被告人に実刑を科さなければ刑罰の実効性が確保されないとするのは被告人に著しく酷であり、著しく正義に反するものである。

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